大判例

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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)695号 判決

控訴人

乙山高夫

右訴訟代理人弁護士

石崎泰男

控訴人

乙川英

右訴訟代理人弁護士

森文治

被控訴人

甲野徹

右訴訟代理人弁護士

小池通雄

大川隆司

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  (第一次)

本件訴えを却下する。

(第二次)

被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決(控訴人乙川は、控訴の趣旨を陳述しないが、本件訴訟は必要的共同訴訟であるから、控訴人乙山と同旨の判決を求めたことになる。)

二  被控訴人

控訴棄却の判決

第二  当事者双方の主張及び証拠関係

次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録、証人等目録の記載と同一であるから、これを引用する。

(被控訴人)

山口組と一和会との対立抗争は現在も続いており(最近五か月間余りの件数は一〇五件)、そのため控訴人乙山は依然として多数のボディーガードを従えて本件建物に出入りしている。そして、所轄警察署は毎日五〇回にわたり本件建物に巡回立寄りを行つている。このような状態が継続することは本件建物居住者にとつて耐え難いことである。

(控訴人ら)

一  専有部分の区分所有者は当該専有部分の賃貸借の解除及びその引渡について重大な利害関係を有するから、集会が右賃貸借の解除及び専有部分の引渡を求める決議をする場合には、当該専有部分の区分所有者に対しても弁明の機会を与えるべきである。しかるに、本件集会決議に当たつては、控訴人乙川に弁明の機会が与えられなかつたので、本件集会決議は無効であり、本件訴えは訴訟要件を欠くものである。

二  建物の区分所有等に関する法律(以下、「法」という。)六〇条一項の趣旨は、専有部分の使用又は収益を目的とする契約に基づき専有部分を占有する者からその引渡を受けても、その占有者が右契約に基づき再度入居する可能性があることにかんがみ、その占有原因たる契約を終了させ、その占有者の占有権原を最終的に剥奪しようとすることにある。したがつて、同条の決議は、契約を解除することに重点があるのであり、当然契約解除の点を明確にすべきである。

しかるに、本件集会決議においては、本件賃貸借の解除を請求することが明示的に決議されていないから、本件集会決議は無効であり、本件訴えは訴訟要件を欠くものである。

三  本件集会決議に当たつては、事前に特定の違反行為を具体的に告知して弁明の機会を与えるべきである。しかるに、控訴人乙山に対する昭和六〇年三月二七日付けの通告書(甲第一三号証の二)には「現在は貴殿等と住民の間に大きなトラブルはなく、一応の小康状態を保つに至つております」と記載した上で「それ以前の状態にもどる可能性が極めて強い」と記載されているのみであり、特定の違反行為を具体的に記載されておらず、また、「当マンションが山口組と一和会の抗争の戦場になるといつた具体的危険が現に存在しており」と記載されているが、控訴人乙山が右のような危険の存在につきいかなる責任があるのかが不明であり、控訴人乙山としては弁明不能である。したがつて、控訴人乙山には適法な弁明の機会が与えられなかつたというべきである。

四  仮に、過去において控訴人乙山に違反行為またはそのおそれがあつたとしても、現在においては共同生活上の障害となるような違反行為またはそのおそれは存在しない。

被控訴人の当審における主張はすべて否認する。山口組と一和会の抗争はすでに終了した。

五  本件は、控訴人乙山に対する警告、あるいは差止めの請求によつて共同生活上の障害を除去することができる場合であり、法六〇条一項の「他の方法によつてはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難である」との要件を欠くものである。

理由

当裁判所も被控訴人の本件請求は理由があると判断するが、その理由は次のとおり付加するほかは原判決理由と同一であるから、これを引用する。

一控訴人らは、専有部分の占有者につき法六〇条一項の決議をする場合には、当該専用部分の区分所有者に対しても弁明の機会を与えるべきであると主張するが、法六〇条一項二項は、「区分所有者以外の専有部分の占有者」(法六条三項)が「建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為」(同条一項)をした場合に、その占有者を排除するための手続要件を定めた規定であり、法六〇条二項は、法六条一項に違反する占有者(排除対象者)に対し、違反行為あるいは排除装置について弁明の機会を与えたものと解すべきである。

したがつて、同項の弁明の機会は違反者たる占有者に与えれば足り、違反行為者でもなく、排除の対象者でもない区分所有者に弁明の機会を与える必要はないというべきである。

なお、〈証拠〉によれば、被控訴人は本件集会決議に先立ち昭和六〇年三月二七日付け通告書をもつて控訴人乙川に対し、控訴人乙川が本件専有部分の占有者たる控訴人乙山の管理規約違反の行為について是正措置を行わず、また本件建物が山口組と一和会との抗争の場となる具体的危険が存在するので、山手ハイム管理組合としては、控訴人乙川に対し法五八条に基づき本件専有部分の使用禁止を請求するべく臨時総会を開催することにしたので、弁明の機会を与える旨通告したこと、控訴人乙川代理人森文治弁護士は同年四月八日右管理組合集会において同日付弁明書を提出して弁明を行つたが、その弁明書には、控訴人乙川に対する本件専有部分の使用禁止請求(法五八条一項)についての弁明に続いて「管理組合の真意は、乙川英が先頭に立ち、乙山高夫氏をマンションから速やかに退去させることにあるのは明かとなりました。しかし、乙山氏の行為による住民の被害や危険が第一の問題であれば、管理組合がその任務として問題解決のため先頭に立つべきもので、直接被害や危険を受けない室の賃貸人の乙川が採れる方法にも自ら限度があり、必ず一人で火中の栗を拾わなければならないものではありますまい。〈中略〉借家人と貸家人との関係は独立した対等の人格者間の契約関係であつて、もとより封建的な主従関係ではありませんから、借家人を貸家人の意のままに動かすことはできません。したがつて、借家人に規約違反があれば、貸家人は規約違反をしないように注意を喚起するなど相当の努力をして規約を守らせるように務める義務がありますが、その点の義務履行に怠りがない限り、それ以上の責任、例えば連帯責任を負うものではありません。もとより乙川英も、新聞記事で乙山氏の属するといわれる山口組と一和会との流血の惨事を伴う抗争が起きていることは承知しており、同氏にこのマンションから退去して欲しい気持ちでいることは人後に落ちないのですが、相談した弁護士の意見では借家人を借家から退去させるには、借家法により六月前に解約申入をしなければならないだけでなく、その解約にも正当事由があることを要求せられ、訴訟の実際でもこの正当事由の有無をめぐる論争とその立証に二、三年の期間を要しており、急場の間には合わないし、〈中略〉また、山口組と一和会の抗争に巻きこまれて生じる住民の身体生命に対する危険性の点を理由とする賃貸借の即時解約も、法律的に即時解約ができるかどうかに疑義があるだけではなく、危険の程度を立証するにも相当の困難があり、新聞記事だけの立証ではすむまい。上記抗争による危険性は、いわば暴力団関係者の近隣に住む者全員の危険性でマンション特有の危険性でもない等の理由により直ちに法的強制手段に訴えることを避けるべきであろう、とのことであつた。〈中略〉乙川のとる措置が手緩いとされるなら、組合は独自の手段に出られて構いませんし、ある程度そうする任務があると考えます。乙川は乙山氏の味方でも支持者でもありません。」との記載があること、控訴人乙川は、被控訴人が控訴人乙山に対し本件専有部分の引渡請求(法六〇条一項)をしようとしていることを知つていたことが認められ、右事実にかんがみると、被控訴人が控訴人乙山に対して本件専有部分の引渡を求めることについての控訴人乙川の意見は右弁明書に十分に開陳されていると認められるのでさらに右の点につき控訴人乙川に弁明の機会を与えるべき必要性は存在しない。

よつて、本件集会決議は本件専有部分の区分所有者たる控訴人乙川に弁明の機会を与えなかつたから無効であるとの控訴人の主張は採用することができない。

二控訴人らは、法六〇条一項により契約解除を請求するためには、その旨の明示の決議が必要であると主張するので、この点につき判断するに、控訴人乙山に対し本件専有部分の引渡を求めることを決議した集会の議事録(原審証人甲川一郎の証言により真正に成立したものと認められる甲第六号証の二)には、「あらゆる法律の権利を行使して引渡し請求をおこなう。」との記載があるのみで、本件賃貸借の解除請求については特に明記されていないことが認められる。しかしながら、〈証拠〉によれば、右決議に先立つてあらかじめ本件管理組合員に配布され決議当日持参するように告知されていた臨時総会議案書には、決議の内容として、法六〇条に基づき控訴人乙山に対して三〇二号室の即時引渡請求を決議する旨及び右請求行為における区分所有者のための訴訟提起者に被控訴人を指定する旨記載されていることが明らかであり、そうとすれば、右決議には法六〇条一項により控訴人乙山に対し本件専有部分の引渡を請求すること及びその前提として本件賃貸借契約の解除を請求することも含まれていたものと認めるのが相当であり、控訴人らの右主張を採用することはできない。

三控訴人らは、控訴人乙山に対する通告書(甲第一三号証の二)に記載されている違反行為の内容は具体性を欠き、これに対する十分な弁明が不可能であるから、右通告書をもつて弁明の機会を与えたものとすることはできないと主張するので、この点につき検討するに、右通告書には「現在は、貴殿等と住民の間に大きなトラブルはなく、一応の小康状態を保つに至つております。しかしながら、この状態は三月五日の県警本部長への要望及び合同記者会見、それに続く三月六日からの警察による警備強化が実施された以降のことであり、遺憾ながら貴殿等の自主的措置の結果ではなく、従つて一時的な沈静状態と断ぜざるを得ません。〈中略〉また、本質的な問題として、当マンションが山口組と一和会の抗争の戦場になるといつた具体的危険が現に存在しており、当組合としてはこれ以上問題を座視するわけには参りません。〈中略〉具体的には、三月二五日の理事会決議にのつとり、貴殿に対し、建物の区分所有等に関する法律第六〇条に基づき、三〇二号室の即時引渡しを請求いたします。」と記載されており、右記載によれば、被控訴人が控訴人乙山に対し本件専有部分の引渡を求める理由は明らかであり、控訴人乙山に対し弁明の機会を与えるための告知内容としては右通告をもつて十分であるというべきである。よつて、控訴人らの前記主張は採用することができない。

四控訴人らは、現在においては控訴人乙山につき共同生活上の障害となるような違反行為またはそのおそれは存在しないと主張するので検討するに、〈証拠〉によれば、一部の新聞や週刊誌に山口組と一和会との間の抗争につき終結の動きのあることが報道されていることが認められるが、右報道によつても、右抗争の終結が完全なる和睦を意味するものではないことが認められ、〈証拠〉によれば、抗争終結の動きが報道されているさなかに依然として山口組と一和会との対立抗争事件が発生していることが認められる。そして、控訴人乙山は、原判決理由三2において認定したように、広域暴力団山口組系乙山組の組長であり、同人の身辺において今後暴力的抗争事件が発生する危険性が全くないということはできず、〈証拠〉によれば、控訴人乙山が本件専有部分に出入りするときには依然として数名の組員が護衛していること(このことは控訴人乙山自身が身辺の危険を感じていることを物語るものである。)、警察も控訴人乙山の周辺については特別警戒を行い、本件建物に対する巡回パトロールを頻繁に行つていること、本件建物の居住者は控訴人乙山の周辺の異様な雰囲気に不快感と怯えを抱いていることが認められ(〈証拠〉中、右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)、右事実にかんがみると、現在では控訴人乙山に共同生活上の障害となるような違反行為またはそのおそれが存在しないとの控訴人らの主張を直ちに採用することはできず、他に控訴人らの右主張を認めるに足りる証拠はない。

五控訴人らは、控訴人乙山に対しては警告あるいは差止請求をすれば足り、契約解除及び引渡を請求する要件を欠くと主張するが、原判決理由三並びに前項において認定したところによれば、控訴人乙山は広域暴力団山口組系乙山組の組長であり、その身辺には常に暴力的抗争の生じる危険性が存在すること、控訴人乙山及びその関係者はこれまで本件建物居住者の共同生活に種々の障害を与えてきたことが認められ、右事実と本件建物は三三個の専有部分からなる住居専用のマンションであることにかんがみると、そこに暴力団の幹部が居住し、常時暴力団員が出入りすることはマンション居住者の日常生活に著しい障害を与え、マンション居住者にとつては耐え難いものであると認められる。

そして、右のような障害は単なる警告あるいは差止請求によつて除去することはできないと認められるので、本件の場合は、法六〇条一項の「他の方法によつてはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難である」場合に該当するというべきである。

以上によれば、被控訴人の本件請求は理由があり、これを認容すべきであるから、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

よつて、本件各控訴をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官森 綱郎 裁判官髙橋正 裁判官清水信之)

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